考える冒険

※「信ずることと、知ること。」から引っ越してきました。

昨日(3.11)誕生日でした。

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こんにちは。

昨日(23/03/11)、59回目の誕生日でした。何人かの方々から、心温まるお祝いをちょうだいし、たいへん感激しております。心から御礼申し上げます。ありがとうございました!

さて、この「3.11」が誕生日ということは、あの大震災が起こった日が誕生日であるということです。今回、そのことについて考えてみたいと思います。もしかすると、途中で放り出すことになるかもしれませんが、その場合でも、ご容赦くださいますと幸いです。

2011年3月11日(金)14時46分——。

この日が金曜日だったことは、はっきりと覚えています。なぜならば、当時のぼくは週に数回を目標に、地域生活支援センター(以下からは、地活と略します)に通っていたからです。週末なので、午前中のみの利用をして、JRの駅方面に向かいました。当時おつき合いしていた女性と落ち合うためにです。もちろん、誕生日を祝ってもらう予定もありました。

駅周辺で食事をしたかは覚えていませんが、落ち合った後、自宅に向けてバスに乗りました。アパート近くの、ちょっとおしゃれなケーキ屋さんにより、一つ¥500もするのかあ!と憤慨して部屋に戻りました(笑)

ケーキを食べようとして、コップの麦茶だかウーロン茶だかを注いでウキウキしていた頃、地震がありました。東京でもコップは倒れ、本棚の上から空の段ボールが落ちるということがありました。

また、ガスが安全装置が働いて止まっていました。階上の住人が困っていたようなので、自分の部屋の分と合わせて開栓しました(が、許可があったわけではありません)。こういうのには、対応能力があるんですよね・・・。

テレビをつけると、乗用車を波が追いかけている映像が、何度も繰り返し流れていました。一緒に見ていた女性は「早く逃げなきゃ!」と悲鳴を上げていましたが、ぼくはなぜかニヤニヤとしてしまっていました。

その後、夜まではどう過ごしたのか、よくは覚えていません。一つだけ言えるのは、男女のコトが、ぼくはひどく冷静だったということです。一方、女性は(以下、略)。

ああ、思い出しました・・・。その夜宿泊するはずのホテルをキャンセルしたんでした。交通網はマヒしていましたので、「キャンセル料金は不要です」とのことでした。

ともあれ、明けてその女性を帰路に着けるまでは、それに集中していたのだと思います。東京駅で別れて(それ後、別の意味でも「お別れ」になってしまったのですが)、やっと人心地と言った感じでした。

原発の事故についての情報が入り出したのがいつだったでしょうか。学部生時代の友人が、確か南相馬だったと思い出して知り合いの都議に連絡をとり、支援の申し出をしてもらうように依頼しました。

1100字を超えたので、先を急ぎましょうか。

実は、「自分の誕生日」と「震災」、「女性を初めて部屋に招いていたこと」が重なって、このあと数年間、誕生日前後は心身の不調に見舞われていました。「ああ、今年は大丈夫そうだなあ」と思っていても、躁なり鬱なりの状況に陥っていたように思います。それが「克服」というより、「折り合いがついた」程度のことが言えるようになったのは、まだ2年程度のことだろうと思います。おかしいと思われるでしょうが、「自分が生まれたこと」と、この災厄の間に関連があるような回路が、頭と心にできてしまっていたのです。もちろん、カウンセリングの話題にもしてきました。

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さて。一昨日から昨日にかけて(23/03/10-11)、ぼくは親しくしているネットの知人が主催してくれたTwitterスペースにいました。「その時」に、それぞれがどこにいたのか、何をしていたのか、そして、何を思い、何を感じたのかをシェアしたのです。

そこで話したことを、少し脚色して書いておこうと思います。それは、この震災の体験・記憶は、全然風化などしていないということです。「風化」という言い方をしておくことが都合がいい人たちが、「風化した」と言い募っているだけなのではないかと申し上げました。それぞれで、体験や記憶を「再話」することには十分に意義があるし、そうすることは望ましいことだと思うのです。

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今回は以上としておきたいと思います。最後までお読みくださって、ありがとうございました。もし、心身に何事か感じてしまったようなら、十分なケアをしてあげてください。

この体験には、「節目」などないし、ましてや「克服」すればいいというものでもないと思います。おひとりおひとりのお立場で、「祈り」につながっていくのがいいのかなあと思っております。もし、お読みいただいて感じ入ったことがありましたら、、サイドバーにある「マシュマロ」から書き込んでいただけますと幸いです。匿名でコメントをお寄せいただけます。それではまた。祈りを込めて。

 

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